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人気のアーティスト“ミュシャ”とジュタドールがコラボ!この機会をお見逃しなく!

第一弾アルフォンス・ミュシャ

国際的に知られたチェコの偉大な芸術家であり、アールヌーボーの巨匠「ミュシャ」。
彼の描く優美な曲線と美しい装飾は、アールヌーボーの別名で「ミュシャ・スタイル」と謳われていたほど。

祖国の自然を愛し続けたミュシャならではの色彩感覚と新鮮な構図・美しい描写は、時代、国、民族を超えて愛され続けています。
ミュシャは生前、ポスターや舞台装飾、インテリアデザイン、食品パッケージやコマーシャルなど、様々なジャンルで多くの作品を残しています。

そのミュシャの作品の中から今人気の作風を選出し、Jet'adoreとコラボレーションしました。
描いた夢とロマンに満ち溢れたミュシャの描く女性や祖国の自然を描いた美しいモチーフを、自分の身の回りの物に貼り、楽しむことができるのです。

7月24日、現在のチェコ、南モラヴィア地方の
                イヴァンチェツェに裁判官吏の息子として生まれる。
                1860年
                雑誌「モテット」の表紙を描く。はじめてのデッサン。
                1873年
                大女優サラ・ベルナールのために
                最初のポスターを制作する。
                1894年
                1月1日『ジスモンダ』のポスターが貼り出され、
                たちまちのうちに名声が高まり6年間の契約を結ぶ。
                1895年
                シャンプノア社がポスターの印刷を始める。
                最初の装飾パネル≪四季≫を制作。
                1896年
                2月ラ・ボディニエール画廊で最初の個展を開催。
                6月サロン・デ・サンで2回目の個展を開催。
                1897年
                パリ万国博覧会でボスニア・ヘルツェゴヴィナ館の
                装飾を担当し、宝飾店フーケのデザインも手がける。
                1900年
                装飾パネル≪つた≫≪月桂樹≫を制作。
                レジオンドヌール勲章を授章。
                1901年
                アメリカに招かれ、ニューヨーク・ボストン・シカゴを
                訪問する。
                1902年
                マリアン・シティロバとプラハで結婚、
                妻と共にアメリカに渡る。
                1906年
                ニューヨークの新ドイツ劇場の装飾を依頼される。
                1909年
                プラハ市庁舎の壁画制作開始。
                1911年
                スラブ叙情詩の最初の11点をプラハで公開。
                1919年
                7月14日プラハにて死去。
                1939年